top of page

​   酒縁さらしな日本酒会

%25E9%2580%258F%25E6%2598%258E%25E5%2587%25A6%25E7%2590%2586%25E5%25BE%258C_edited_edited.
akabu1.png

「AKABUを楽しむ会」

​- 勝手に酒蔵会 vol.5 -

2024.9.26 Thu
2024.10.3 Thu

Concept

赤武酒造は、『復活の蔵』などとも呼ばれる蔵元です。その理由は2011年3・11に発生した東日本大震災にあります。岩手県大槌町に蔵を構えていた赤武酒造は、この震災の影響を受け、再起不能なほどの壊滅的打撃を受けたのです。

​​​

赤武酒造では「浜娘」という、地域に根づいたお酒を醸していました。地元の人に愛される「浜娘」を絶やすわけにはいかないと社長の古舘秀峰さんは岩手県内の酒蔵を駆け回り、設備を貸してくれる酒蔵を見つけ、やっとの思いで浜娘の生産を続けることに成功しました。

そして、2013年に震災復興プロジェクトの支援もあり、以前と同じ大槌町にというわけにはいきませんでしたが、念願叶って盛岡市内に新設の蔵を建てることができました。さらに、この新蔵建設の後、赤武酒造を代表する銘柄"AKABU"が誕生するのです。


新しい蔵での造りが始まって一年が経とうとしていた翌2014年の夏、東京農業大学の学生だった社長の長男 龍之介さんが帰ってきました。龍之介さんは2013年に全国きき酒選手権大会・大学対抗の部において、東京農大を優勝に導いた立役者。さらに、短期間ではありますが、他の蔵で酒造りの現場に携わり、酒類総合研究所の醸造研修を受けての帰蔵でした。

秀峰さんは、その酒類総合研究所での研修時に龍之介が造ったお酒を呑んでみて、「なかなかどうして、旨いじゃないか」と驚かれたそうです。ちょうどその頃、取引先の酒販店から、「もっとインパクトのある酒が欲しい、浜娘にはそれが足りない」と言われていたそうです。秀峰さんは、「ならば」と、当時22歳であった龍之介さんを杜氏に任命。そしてここに史上最年少杜氏、「古舘龍之介」杜氏が誕生したのです。


龍之介さんが醸した新銘柄は、同酒造の名を冠して「AKABU」と名付けられました。杜氏就任一年目に造られたAKABUは、父・秀峰さんからすると十分美味しかったそうですが、龍之介さんからすると満足のいく出来ではなかったそうです。さらに、まだ22歳という異例の若さの杜氏に対する酒販店の反応もまちまちで、その出来栄えを心配する声も少なくはなかったそう。それでもAKABUはその確かな味わいから続々と取扱店が決まり、現在では首都圏を中心に全国区で取り扱われる大きな銘柄となったのです。

2024年現在、AKABUが誕生してから11年目と大変若い銘柄でありながら、これまでに数多くの賞を受賞し、その造りのクオリティーは年々上がっています。パワフルな若い力で醸されるAKABUは、意欲的で才知に富んだお酒です。

「日本を代表する銘酒を造りたい―。」

​そんな思いで醸す若い力に、手塚は大きな可能性を感じてます。

アンカー 1
アンカー 2

Sake

アンカー 3

Food

 

​・

冷やし茄子

鮎の酒肴5種盛り

~ 頭のコンフィ 骨煎餅 冷やし茶漬け

さっぱり巻き 焼き鮎肝味噌掛け ~

鰹のたたき

~ 自家製ポン酢とたっぷりの薬味で ~


新生姜と枝豆のかき揚げ

なみだ鶏

おきつね焼き

冷かけ蓴菜そば

CFF4F7B8-EDA5-45F3-A139-44F213AA13AB.jpg
AB99A518-CEED-4315-B21F-A0EE6CD06CF9.jpg
アンカー 4

Sake Brewery

toyo4.png
toyo1.png

2021年で創業100年を迎えた澄川酒造場
澄川宜史が4代目蔵元杜氏になってからの日本酒造りのこだわりは他の追随を許さない
廃業の危機を考えた大災害に見舞われても、仲間と一緒に新たな一歩を踏み出した
継承と革新を掛け合わせながら、これからも進化し続ける

会社名    株式会社澄川酒造場

代表者    澄川 宜史

所在地    〒759-3203

       山口県萩市大字中小川611番地

TEL     08387-4-0001

製造銘柄   東洋美人

ホームページ https://toyobijin.jp/

bottom of page